なぜ英語学習を再開したのか

みなさんこんにちは。

今日もまた当ブログまではるばるお越しいただき、本当にありがとうございます。

ブログ開始当初もお話ししましたが、本日は先日予告した通りなぜ私が英語学習を再開したのかについて改めて振り返ります。

みなさん英語が話せたらなぁと思っていますか。それともTOEICでハイスコアを獲得したいですか。

私は長い間漠然と両方の気持ちを心の奥深くに抱いていました。

ここから、英語学習再開に関係する点についてのみ、番号間で重複する要素も結構あるかもしれませんが、私自身の振返りをしてみます。

1.心が「弱い」タイプ
物心がついたころから、ずっと精神力はタフの反対つまりもろいタイプの人間です。今でもです。度胸もありません。

小学時代には、母親と小学校の担任の教師が話し合っていわゆる生徒会長的な役割をさせられたこともあります。

また、たまに秋田を訪ねてくる父親には故意に食事等の支払いを「一人でレジに行ってこい。鍛えるためだ。」という感じで命じられることもよくありました。

それくらい「弱い」人間として育ち、根は今も変わっていません。

社会人になってからも長い間、他人にどう思われているのか心配してしまったり、不自然な態度をとられた時には変に気にしてしまい眠れないということもあるくらいでした。

これがおそらくですが「何か自信の持てるものが欲しい」という願望を育てていたのだと思います。

2.日本における英語学習を信頼していた
中学に入り英語の授業が始まったとき、英語学習を経ることによって英語を話し始めるのだと本気で信じていたのを今でもはっきりと覚えています。

その希望が高校ではどんどん小さくなっていき、いつの日かなくなってしまっていました。

この「裏切られた」という感覚、つまり悔しさともいえますでしょうか。これもまた英語学習再開につながっていったと思います。

3.極端に走りやすい性格
大学時代、生まれて初めてのダイエットをしたことは以前お話ししました。

はじめのうちは順調だったものの、そのうち極端になってしまい体重は50㎏を下回り体がいうことを聞かなくなるところまでいきました。

結果、拒食症と過食症両方を経験しました。今でもかなり正常とはかけ離れています。

また、小学時代からドラゴンクエストやファイナルファンタジーその他のゲームをやっていたのですが、シナリオをすべてクリアできるレベルが40~50だとしても、そこからさらにやりこんでよく上限レベルの99まで上げているタイプの人間でした。

ファイナルファンタジ-10をご存じの方限定の情報ですが、「スフィア盤」を全員一周はして、全員が「オートヘイスト」などの状態にならないと気が済まないので実際にそこまでやっていました・・・

野球のゲームに至ってはコンピューターが相手だとバントで9割以上ヒットになるコースを見つけ出し、大量に点数を取って大勝ちするのを繰り返していました・・・

この性格が「英語学習の再開→継続」を大きく手伝っていると思います。

4.せっかく得た英語の知識を生かさないのはもったいないという思い
日本における教科としての英語上は幸か不幸かいわゆる優等生に分類される成績でした。中学の卒業アルバムのあだ名は「歩く辞書」でした笑

高校でもこの傾向は続き、センター試験では170/200というまあまあの点数でした。

いま気が付きましたが、「勉強なし」で受験していたTOEICが600点台だったというのも勉強なし組のなかではよかったのかなと思います。

ある意味では中学高校で「受動的」に得ることのできた英語の知識を、英語が使えないままで眠らせておくのはもったいないという思いもかすかにあったと思います。

でもこれはやはり割合は少ないです。英語学習再開の理由全体を100だとすればおそらく数パーセント程度のものです。

5.コンプレックスのかたまり→汚名返上したいという思い
背は低く、ぽっちゃり体型で性格も明るいわけでもなく手先を使う教科(図工・美術など)はもう絶望的などいろいろな負の要素を抱え込んだままの生活を送っていて、やはりどこか「仇討ちしたい」みたいな感情が蓄積されていったのではないかと思います。

6.仕事以外での勉強をゼロにできなかった
大学卒業と同時に、幸いストレートで公務員試験に合格することができ、そのときは確かにすごくうれしかったです。これでもう何も勉強しなくてもいいのだと(業務を除いて)。

しかし、生まれつきか後天的なものかわかりませんが、何かを勉強したいという自分が常にいました。

社会人1年目に行政書士の勉強を始めて幸い合格率5%の試験に受かることができました。

当時、ニュートン社のTLTソフトがありまして、これが合格保証付きだったのです。行政書士・土地家屋調査士等いくつかの資格に対応していました。

その中で「じゃあ行政書士」という勢いで選んだ記憶があります。

その後は「社会保険労務士」など次のステップに位置しているものを飛び越して司法書士の同ソフトを購入するも、だんだん学習内容に魅力を感じなくなってしまい、ただただ合格保証を得るためのいわゆる消化試合的な学習だけになってしまい、もちろん試験はだめでした。

とにかく勉強はしたかったのですが、何が勉強したいのかが確立できていなかったのです。

7.英語へのあこがれは常にどこかにあった
いつのころからかわかりませんが、英語へのあこがれは時々感じていました。

まだテレビを見ていた時代、関根勤さんの娘さんが何かの番組で司会者に頼まれて英語の発音を披露したときはかっこいいと思いました。

また、ハワイに旅行に行ったときに父親に頼まれて通訳してくれた通りがかりの女性に対しても「すごいなぁ。こうなりたいなぁ。」という強い感情を抱きました。

8.勉強したいという気持ちがたまに(しょっちゅう?)英語にも向いていた
これは6と7をあわせた内容に該当します。

何かを勉強したいからじゃあ何を勉強するとなったときによく英語を選んでいました。ぽつぽつと不定期に買っていた書籍を思い出せるものだけ紹介します。(新しくなっているものについてはもちろん当時の版です)

ゼロからスタートディクテーション

3時間でマスター!新TOEICテストの英単語 「語源」で覚える超効率的記憶術
(これはnaotoという名前でレビューを書いています)

2002年か2001年のNHK英語リスニング入門の定期購読

語源とイラストで一気に覚える英単語

英語リスニングのお医者さん

スーパーエルマーCBSコース

なんだか書いててむなしくなってきましたので回想はここまでにします涙

ここまでの1~8までの背景を抱えながら31歳の時に恩師のブログに出会ったのです。
http://eigonotora.blog84.fc2.com/?all

「33歳から日本を出ることなく英語を身につけた」

このことを知った瞬間私の中では「これこそが私が人生で追い求めるべきものだ」という確信に満ちました。

もう何の迷いもありませんでした。最初から最後まで(当時の最後まで)読了し、そのまま開始しました。

当時は子どもが赤ちゃんだったため、毎日学習は無理でしたが2年後には毎日の頻度に固定しそのまま今日いまこの場に至っています。

どうでしょうか。みなさんにも共通する点があったでしょうか。

共通する点があるかどうかは重要ではありません。どんな理由でもいいです。今日始めてそして継続してみませんか。

本日もお忙しいところのご訪問・閲覧ともにまことにありがとうございました。

みなさまの日々の清きクリック、本日もどうかよろしくお願いいたします。

本当に、ありがとうございました。



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プロフィール

板垣 直人

TOEIC920 TOEICSW340/400 英検1級
1981年3月生まれ 秋田県在住地方公務員
大学受験までは英語を勉強した経験はあったものの、就職してから31歳まで、まったく英語に縁のない生活を送ってました。20代のころからたまにTOEICを受けてましたが(勉強せずに)500~600点台をさまよってばかりでした。
2012年の夏、31歳から少しずつ英語学習を再開し2年後2014年の夏、33歳からは「毎日学習」の軌道に乗せ、今日に至ります。学習時間を確保するためSNS類はやっていません。唯一、学習時間管理のため、study plusに登録しています。(naoto)
経過
2006 9 610
~~この間ぽつぽつと受けてました
2010 01 655 2012夏少しずつ勉強開始
2014 11 655  2014夏勉強が毎日になる
2015 03 865
2015 11 850
2016 01 920(L465R455)
2017 11 340/400(S160/200W180/200)
2018 06 英検1級初挑戦
    一次試験合格も二次試験没涙
    11 二次試験惜敗大涙
2019 02 二次試験落第号泣
    06 二次試験合格
連絡先 naotonaoto198121@gmail.com